少読乱読日記

小説や漫画のことなど。

『大奥』の完結に思う「性から愛へ」

 『大奥』が単行本第19巻をもって完結した。やはり「if」ものの金字塔として残されるべき、堂々たる最後だった。

(以下ネタバレあり)

 春日局の支配のストレス発散にと、行きずりの女を手込めにした第三代将軍家光(男)、そしてそれによって生まれた娘は母を殺され、赤面疱瘡で死んだ父の身代わりをさせられ、自身もまたレイプに遭い死産する。正直、かなり陰惨な”男女逆転”大奥の発端である。

 その後も奔放な性生活を側用人柳沢吉保に嫉妬され、心に秘めてきた思いを打ち明けられつつ窒息死させられる五代将軍綱吉、集団レイプにより梅毒に感染した平賀源内、母から子孫を残すことを強要され次々と女性をあてがわれたが一方で子は母の退屈しのぎのために殺された十一代将軍家斉、父から性的虐待を受け続けた十三代将軍家定など、性における地獄の見本市といった様相を呈す。

 そんな中、十四代将軍家茂と和宮(彼女もまた母に溺愛された弟の身代わりとなって家茂に輿入れした)は、女性同士ということもあって「性」を離れた関係を育む。弟と異なり愛されない子という傷を抱え屈折していた和宮は家茂の素直さ、聡明さによって心を開き、自分より家茂を優先に考えるようになる。それは確かに「愛」である。

 二十歳の若さで家茂が死去した後、和宮は養子を慈しみ、家茂が愛した江戸の町を守るために才覚を発揮し、江戸城無血開城に及ぶ。

 平賀源内も性病により非業の死を遂げはしたが、赤面疱瘡撲滅のための種痘への執念から、その死に際は明るかった。描かれている源内の性格が豪放磊落だということもあるだろうが、「性によって痛めつけられようとも屈しない」というメッセージもあるのではないだろうか。

 源内を不屈の人にさせた種痘への執念は、そのまま人々を救いたいという人類愛につながる。

 愛する人亡き後もその人の愛したものを守りたい、という和宮の家茂への思いが、江戸の町を救う。「女に作られた恥ずべき歴史」と切り捨てる西郷隆盛に激昂し啖呵を切る和宮は実に「男らしい」(もちろん皮肉)。女将軍達が築き上げ守ってきた江戸の繁栄の歴史をたとえ男の手柄と歪められても、この繁栄を守り江戸を火の海にさせないことが和宮の「愛」である。

 「性」ではじまった大奥の歴史が「愛」で終わる。

 『大奥』という漫画が全体を通して「将軍が女性であったとて何ら不思議はない」と思わせてくれたこともあわせて、この壮大な物語は「性によって受けた傷が、愛によって救われる」話だったのではないだろうか。


 政治は男性でなければ、支えるのは女性でなければ、などという性別役割分業論も含め、「性」にとらわれたところから脱却し、そろそろ「愛」へと進化しませんか―― そういうメッセージであると、政治におけるジェンダーギャップ指数153カ国中125位の国に住む私は思うのである。